ある男の長き一日

青年は朝から漲っていた。
今日は「約束の日」であるからだ。


確執極まりない上司とのガチンコでイライラしつつも、常に「その事」だけを考えて耐えていた。
今日も上司の嫌味に耐え、必殺技の「投げっ放し払い腰」を繰り出したくなる衝動を抑えつつ
ひたすら黙々と終業時間まで作業を続けた。


そして仕事終了。上司への挨拶は最低限に逃げるように店を飛び出して家路に着く。
夕食を味もよく分からぬまま食べ終え、青年は近所にある行きつけのマニアショップに出向く。
彼が「リトルアキハバラ」と呼ぶその店に、「例の物」は置いてある・・・はずだった。
青年は動揺した。今まで発売日に青年が所望する物が無かったことはなかったのだ。
青年は諦めずに商品棚を重箱の隅を突く様に見回した。
だがしかし、同時期に発売した二つの有名タイトルはあるものの、青年所望の物は無い。
青年は途方にくれた。他に「例の物」をこの時間に扱っている店があったかと思考する。
一旦帰宅して、青年は帝都前橋が誇る大企業のヤマダ電機を思い出す。
さっそくWebで店舗を検索。営業時間を調べる。
営業時間は・・・午後9時まで。現在の時刻は午後8時半。
場所的には青年の住処からさほど遠くは無い。以前行ったこともある店舗だ。
さっそく青年は、PCを貸してくれとせがむ妹にPCを明け渡し、行動を開始した。


青年の駆る愛馬RAV4(MT)は主人の欲望に応えるように雄叫びを挙げ、駿馬の如くR17を駆け抜ける。
折しも帝都前橋の夜は雨であったが、青年と愛馬の道を遮るものはさほど無く、
閉店時間15分前の8時45分に無事到着。この店で本日の本懐を遂げられることを信じつつ
青年は店内に赴いた。
以前来た時とは明らかに違う店舗の配置に青年は嫌な予感を感じる。
そして青年が赴いた先はPCゲームソフトのコーナー。
多少隔離されている「その」コーナーは、以前来たときよりも明らかに縮小された痕があった。
相変わらずこの店でも、同時期に日の目を見た二大作品は確認できた。
・・・だがしかし、やはり青年の求める物は視認することができない。
ふと見ると、青年と似たような行動を取る一人の中年男性が同じ売り場を徘徊している。
青年は心の中で、「彼の者は我の同志にちがひない。いとをかし。」と呟いた。
とうとう青年の欲望は叶わず、店内にはヤマダ電機のテーマ(オルゴールVer)が流れ始める。
嗚呼、蛍の光志向の曲を流して客を追い出す段階まで来たかと青年は落胆し、
すごすごと再度愛馬に跨り、本懐を遂げられぬまま家路に就くのであった。


あやしうこそ、ものぐるほしけれ。


かのような一日。